テテテ・フィロソフィ

いろいろなことがあった上で、私は考え抜いた。役に立つ仕事。社会に求められる仕事。私が担える役割。人から求められること。自分がやりたいと思うこと。生活をしていくということ。あと何年働けるのかなということ。...
とはいえ、私のアピールと広報の成果が認められたのか(?)、次第に少しずつ、ボランティアではなく業務として広報に携われるようになってゆく。このまま広報業務の割合が増えて社内専属デザイナーのような形になれるならそれも良いかな、という考えが頭をよぎったものの、そんな都合の良い話はなく。...
次の勤務先候補の web site を見た時、密かに「しめた」と思った。 がんばって作ったものの管理しきれず更新が滞っている。デザインのテイストも“作ってからずいぶん経ってます”感があふれてる。きっと更新、管理できる人がいないに違いない。これなら私の出番もあるかも(わくわく)。 はたしてその通りで、私は意気揚々と広報業務を買って出た。...
結局「いつかは自分の手でできることで独立したい」という思いを持ちながら、ずいぶん長いこと独学と並行して他の仕事をし続けることになった。...
大人になった私は、絵を描く仕事というものが画家か漫画家しか思いつかなかった子供の頃とは違い、どうやら他にもなんらかの仕事があるらしい、ということには気がついてきていた。...
さて、そんな風に絵を描くこととは全く別のことを仕事に選びつつ、やっぱり絵を描くことは好きでずっと同じようにラクガキは続けていた。 けれど、ちょっとイライラする。 自分の絵というのは、好きな漫画家の絵を真似して描く、ということから始まっていて、それで終わっていた。 描きたい感じを描けない。それがイライラの正体だ。...
世の中の仕組みの難しさにちょっと疲れた私は、とりあえずおいしい食べものを作ったり売ったりすることなら大きな間違いにはなるまい、という社会的意義として安全そうな飲食系というジャンルに首を突っ込む。...
最初に就いた仕事は環境調査の仕事。時期的には環境影響評価が注目され始め、環境影響評価法がもうすぐ制定される…という頃で、いわゆる環境アセスメントの先駆けである。どこかで大規模な開発が行われる時、その場所の自然環境への影響を調査することを請け負っている会社だった。...
子どもの頃いちばん好きなのは絵を描くことだった。でも、それを仕事に結び付けようとしなかったのは、田舎だったのでそうするための情報にたどりつけなかったというのが一番の理由ではあるけれど、でも他にもどこか、「絵は遊びだしなぁ」ということが理由になっていたような気がする。...